バングラデシュの物乞いへの考え方
バングラデシュを初めて訪れる日本人にとって、最初に衝撃を受けるのが、街をあるく「物乞い」の多さであると思います。
タクシーや車、はたまた3輪タクシーでの移動中、街歩きの最中ともいたるところで「物乞い」がお金を求めています。
ここですんなりお金を渡す事も可能ですし、そのようにしているバングラデシュ人も多く見受けられます。
イスラム教には教義の中に「喜捨」があり、そのような行為を進んでするのが良いと言われます。
先日バングラデシュの富裕層の方と、この物乞いに対する「喜捨」の考えを伺いしました。
まずはじめにいますが、彼もまた敬虔なイスラム教徒であり、「喜捨」は進んでするべき、との考えを持っています。
しかしながら、何度か物乞いたちに「物乞い生活をするのなら私が働く機会をあげるから、私のところで働かないか?」という問いかけをした事があるそうです。
物乞いたちの答えは「NO」
物乞いたちは「働く機会」よりも「簡単にお金を得れる物乞い」を選択した、との事です。
もちろん、これは彼が対面した数少ないケースかもしれません。
しかしながら、このようなケースは少なからず存在すると考えています。
子供たちが悲しい目でこちらを見つめ「ボス、2タカ下さい」「マダム、5タカ下さい」などの訴えに情が出る事があります。
しかし、この「喜捨」という習慣は、貧しい人たちに「安易にお金を得る言い訳」を作る場合もあると言う事も側面としてあると思われます。
かといって例えば物乞い全員に勤労意欲があったとしても、現在の仕事の供給過少の状況はどうしても力のない者が排除されていくのが実情です。
私たち日本人がバングラデシュに対して貢献できる事は、やはり「街であげる1タカ、2タカ」よりも、バングラデシュ企業を通した間接的な形でも良いので「安定した仕事の供給」にあるのではないでしょうか?
とにかくゆっくりでも構いません、「ベースアップ」が必要です。